【第八番】己の仁義を通した男 ~常圓寺~

本誌で異彩を放つ連載「迷所巡礼」のウェブ版。新宿~四谷歴ウン十年のヴィヴィアン佐藤さんが、毎月その嗅覚をたよりに、エリア内の不思議な“迷所”の歴史をたどっていきます。今回は、新宿西口にある常圓寺へ。墓石に刻まれた「仁義」の二文字の意味とは……? 今月も行ってみましょう。さあ、“迷所”へご案内。

30年の生涯が映画『仁義の墓場』で描かれた、戦後の混乱期に実在したヤクザ・石川力夫。彼のお墓が、新宿西口の常圓寺にひっそりと佇んでいるわ。すぐ横の青梅街道の喧噪をよそに、現在、その墓地周辺は余りにも静寂。春には、奇麗な染井吉野が常圓寺の入口を彩るわ。

常圓寺にある彼の墓石には、刑務所で自ら掘ったという「仁義」という二文字が。敵味方に関係なく次々と人間関係を裏切り、最期は刑務所で命を絶った彼の生涯は、いわゆる「仁義」という概念からは相当外れたもの。

水戸市の大工町出身の彼は、戦後の動乱に一体何を思って新宿にやって来て、自分の墓に「仁義」の二文字を彫ったのかしら。彼が目指したのは動乱の新宿という街ではなく、神も仏もいない、たったひとりの荒涼とした土地だったのかも知れないわね。彼にとって「仁義」とは、自分ただひとりで、正直に純粋に生きることだったのかも。

常圓寺には、東京駅や日本銀行本店を設計した辰野金吾や、戦艦大和を設計した福田啓三、辰野金吾の父で漱石や谷崎と交流があった仏文学者の辰野隆のお墓もあるわ。他にも境内には、江戸時代の狂言師の便々館湖鯉鮒(べんべんかんこりふ)の石碑がいまも残っているの。そこには、「三度たく 米さえ こはしややはらかし おもうままにならぬ 世の中」という大田南畝(蜀山人)による書が。“毎日三度炊くお米さえ固くなったり柔らかくなったり、思う様に炊くのは難しい。世の中の事柄もいわんや”という意味。

ちなみに、映画『仁義の墓場』で、主演を務めたのは、俳優・渡哲也。監督は、『黒蜥蜴』や『バトルロワイヤル』の深作斤二。共演は、梅宮辰夫、郷栄治、山城新伍、ハナ肇、室田日出男、田中邦衛、多岐川裕美、成田三樹夫。1974年当時のヤクザ映画の名役者が集結しているわよ!!

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