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レジェンドたちのターニングポイント Presented by ケンズカフェ東京【vol.1】DJ KOOさん

本誌の新連載『レジェンドたちのターニングポイント』の拡大版。“ガトーショコラの最高峰”『特撰ガトーショコラ』を生み出した「ケンズカフェ東京」提供のもと、第一線で活躍するレジェンドたちに、その道を極めようと決心したきっかけをインタビュー。
 
(2020年7月30日更新)
『ジェイジー』(vol.109)PDFを公開!
 
第1回目は、今年でDJ活動40周年を迎える、ダンス&ボーカルグループ・TRFのリーダーであり、サウンドクリエーターのDJ KOOさんです。
 
――DJになったきっかけ。
 
もともとロックミュージシャンになりたかったけれど、1970年代後半はいまみたいにエンターテイメントという言葉もなく、ミュージシャンになるなり方がわからなかったし、音楽の専門学校もなかった。そんなとき、ディスコでDJに出会って。不良もいれば綺麗な人もいて、いろんな人がいる満杯の空間に、DJだけは自分の居場所をしっかり確保して、バンドではなく自分のかけているレコードでみんなを盛り上げている。そのDJという新しいスタイルに憧れましたね。
 
そこから、当時通っていた専門学校のサークルのパーティでDJの真似をしてみたんですよ。「さあ! みんな盛り上がっていこうぜ!」みたいな。そしたら盛り上がって、「あれ? オレ意外にイケるな」と思って(笑)。さっそく、新宿のディスコに見習いで入りました。
 
当時はDJもミュージシャンも、プロになるには落語家さんの弟子入りみたいな形で、実際にお店に入って下積みから上がっていくのが当たり前で。ウェーターから、先輩のお遣い、クロークの荷物預かりまで、全部お店のことをやって。見習い、セカンド、チーフって感じで段階があった。僕は高校生のときラグビー部で体育会系だったので、その経験を活かせて、すごく早くDJになることができました。
 
あと、僕は最近なんでもDJ風に「イエー!イエー!」って言ってますけど、これっていまに始まったことじゃなく、当時のスタイルのまま。当時、ディスコといえば六本木と新宿。新宿はしゃべって盛り上げて、六本木はミックスでつないで盛り上げるっていう。僕は新宿のDJだったので、とにかくしゃべってお客さんを盛り上げるっていうスタイルだったので、それがいまだに続いているだけ(笑)。
 
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――ターニングポイント。
 
転機だったのは、TRFに入ってプロデューサーの小室(哲哉)さんに、「DJは1時間くらい選曲をして盛り上げるのが本業だけど、TRFの場合は1曲3分間でDJを見せてくれ」って言われたとき。当時、DJはアンダーグラウンドな存在で、「あいつは後ろで何をやっているんだ」って、ずっと言われてましたから、葛藤しましたね。そこで、まずはダンスミュージックなので、グルーヴ感を出そうと。とにかく派手に揺れたり、髪型をドレッドヘアにしたり、自分が携わってきたカルチャーを全面に出しました。
 
それでも、ようやく認知され出したのは、TRF結成20周年が終わった頃。DJ KOOにスポットを当ててくれたバラエティ番組やワイドショーのおかげで、DJに興味をもつ人が増えたかな。テレビ番組で僕の昔のVTRとか出たりすると、当時の僕を知らない若い世代の人たちは、「あれ?ミュージシャンだったの?」ってなるんですけど、そこがいいんです(笑)。もともとそっちが本業なんで、本業はかっこよくやっているのでそこのギャップを楽しんでほしい。
 
ここ数年でありがたいのは、ダンスミュージックが主流になってきている中で、DJがいろいろなミュージシャンや音楽とコラボレーションすることで元気を生み出せていること。アイドルやゲーム、アニメ、お笑い、盆踊りなどとのコラボもDJが広がるきっかけになっています。
 
――ミリオンセラーを記録したときの心境。
 
自分たちはダンスミュージック自体がアンダーグラウンドだと思っていたけれど、小室さんと出会って、5作連続ミリオンだとか、常にオリコン1位とか。いままでとはまったく違い、自分たちがやっていることを本当にたくさんの人が聴いてくれているという感覚でした。『EZ DO DANCE(イーズィー・ドゥー・ダンス)』(1993年)が出たときにうちの奥さんから、「みんなカラオケで歌ってたよ」って聞いたときは、これは世の中に出たなと思いましたね。
 
今年でTRFは結成28年。最近は、TRFをリアルタイムで聴いていた小中学生だった人たちとお仕事が一緒になることも多くて。大人になってからも聴いてくれてたり、そのお子さんたちも聴いたり見たりとかしているのを聞くと、世代をまたいで受け継がれているのがうれしいですね。2世代、3世代と目指したいです。あと、やっぱり30年近く経っても小室さんの音が色褪せないのがすごい。
 
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――コロナ禍でのKOOさんの活動。
 
僕はライブもクラブも現場に常に立って、プレイするのがこだわり。クラブには、非日常的な空間で気分を発散させようと思って来る人が多い。そういう人を自分の選曲で、新しい曲もふくめてちゃんと盛り上げられないと、DJじゃないなって思っていて。でも、いまはそれができないから、いろいろなところのステーションを使って配信のイベントに出たり、自分の仕事部屋から配信しています。目の前にお客さんはいないけれど、画面越しにコメントのレスポンスがあったり、クラブに来れないような若い人やお年寄りの方も見てくれて、意外と手応えはあります。やっぱり音楽やダンスミュージックって元気になるんだなというのはすごい感じています。今年の夏は、リモートDJで「おうち盆踊りフェス」をやりたいですね。
 
いま、医療従事者の方は本当に大変だと思います。そして、そこで頑張っていただいている分、我々はエンターテイメントとして、いろいろな人たちに元気を与えていかなきゃっていう、それがバランスかなと思ってやっていますね。感染予防対策とかで、その日誰とも話してなかったり、笑ってなかったり、テンションが上がってなかったりする日が続くこともあると思います。そういうときにちょっと配信を見てもらって、気持ちがリフレッシュしたり、頑張れると思ってもらえることを大事にしています。
 
――KOOさんなりの逆境の乗り越え方。
 
とにかく目の前のことは全力でやってみる。やってみて失敗したらそれは修正すればいいので。目の前のことをひとつひとつ積み重ねてやっていくですね。大きい目標はそれぞれあったりするけど、積み重なっていくことで目標達成につながる。それを重ねていくと、近くで応援してくれたり見守ってくれている人が大切だなっていうのがあとからだんだんわかってくる。それがまた力になるはずです。
 
――人生で印象に残っているスイーツ。
 
いつも家族のバースデーのときに食べるサプライズケーキです。あと、懐かしいケーキ写真ないかなと思って探したら、25年ほど前、TRFが全盛期の頃にお祝いしてもらったときの写真がありました。いまと雰囲気違いますね(笑)。
 
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ケーキ以外だと、20年前に奥さんが妊娠していたとき、毎日のようにフレンチトーストを作ってくれたんです。お腹が大きくなるごとにどんどん美味しくなっていって、子どもが産まれたら3人で食べようねって言っていたんです。実際、娘が産まれてからも、そのエピソードを話しながら一緒に食べたりして。ただ美味しいだけでなくそういう思い出があるのが良いですよね。
 
 
■DJ KOO(コー)
1961年東京都新宿生まれ。高校時代にダンスミュージックと出会い、その後先輩DJに誘われ、新宿のディスコ「カンタベリーハウス」「B&B」のDJに。’86年、DJ HONDAとRe-mix・チーム「THE JG’s」を結成。国内最強Re-mix集団として伝説に。’92年「TRF」結成。DJ活動のほか、リミックス制作やテレビ番組でも活躍中。
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YouTubeチャンネル『DJ KOOの電KOO石火わいたー』動画配信中!
2020年2月に開設。「初心者DJ講座シリーズ」や「やってみた系」、豪華ゲストとの生配信、DJミックスなど内容盛りだくさん!
 
ケンズカフェ東京
https://kenscafe.jp/

 
(撮影:蔦野裕)

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