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【バックナンバー】ヴィヴィアン佐藤の新宿ノスタルジー「第2回 旧フジテレビ通り(あけぼのばし通り)」

※本記事は『JG』vol.81(2015年9月26日発行号)に、一部加筆・修正し転載しています。
 
新宿在住のアーティスト・ヴィヴィアン佐藤さんが、過去の新宿~四谷の街へタイムスリップ!? 今昔写真でたどる街の変遷。
――――――――――――――
 
【第2回】旧フジテレビ通り(あけぼのばし通り)
 
弁財天を水源とする、
経済と放送の流れ

 
いまの「あけぼのばし通り」は、ありふれた商店街に見えるけれど、実は戦後の日本の高度成長を象徴しているの。
 
この商店街の奥にある河田町にフジテレビ本社が出来たのが1959(昭和34)年。その前年は、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の舞台になった年で、東京タワーが竣工し、売春防止法が施行された年。そこから日本は経済成長に突入したわ。
 
時代は下り、’81(昭和56)年からテレビ番組『オレたちひょうきん族』、’82(昭和57)年から『森田一義アワー 笑っていいとも!』が始まり、’91(平成3)年の日本のバブル経済の頂上とともに、フジテレビは黄金期を迎えるの。
 
そして、バブルがはじけて、’97(平成9)年にフジテレビ本社はお台場に。その後、通りは変貌を遂げ、映画『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』の舞台になったわ。
 
この通りは、元は小川で東京女子医科大学の下の弁財天が水源。弁財天はお金と芸能の女神。弁財天から流れ出た小川が商店街となり、それが戦後日本の経済とマスコミを象徴してきたのは偶然かしらね。
 
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2015年時のあけぼのばし通り。
 
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あけぼのばし通りの真ん中あたりにある道標。奥の階段は念仏坂。
 
■ヴィヴィアン佐藤
非建築家、アーティスト、イラストレーター、パーティイスト、ドラァグ・クイーン、文筆家、映画評論家など、さまざまな顔をもつ、JGエリアの“動くオブジェ”。 ジャンルを横断し、独自の美意識と哲学で“トーキョー”と“現代”を乗りこなす。
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